必要知識

武道の理念

主要武道9連盟が加盟する日本武道協議会は「武道は、武士道の伝統に由来する我が国で体系化された武技の修錬による心技一如の運動文化で、柔道、空手道、剣道、相撲、弓道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道などを修錬して心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、国家、社会の平和と繁栄に寄与する人間形成の道である。」と制定しているが、なぜ最も大切な剣術を疎かにするのかがわからない。現在の剣道は古の剣道から遠く離れていて古武道とは言えない、皇宮警察が信の剣道に近い試合を行えば、勝てばいいのかなどと批判を受ける始末。武道とは読んで字のごとく、争いを止める技の道で荒く厳しいものである

 

斬り方

    唐竹(切落)・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風がある。

    唐竹(切落);上から下

    袈裟切り:相手の左肩から右脇腹  逆袈裟:相手の右肩から左脇腹

左切り上げ:袈裟切りの逆(下から)右切り上げ:逆袈裟の逆(下から)

    神道無念流居合では「斜め上から斜め下」は左右どちらも袈裟 「斜め下から斜め上」は左右どちらも逆袈裟

    右薙ぎ:右→左の水平の太刀筋  左薙ぎ:左→右水平の太刀筋

    逆風:下(股下)から上  
    刺突:突き
(突く位置はいろいろ。喉、水月、腹など)

 

受け流し   頭上で受けるのではなく写真のように正面で受け頭上に来た時には体をかわし攻撃にかかる。

                            

 

五行の構え(ごぎょうのかまえ)または五方の構え五つの構えとは

剣術で用いる五つの構え方である。現在は日本剣道形において使用される。武士が実際に戦闘を行っていた時代の名残である。

 

中段の構え

剣先を相手の目に向けて構えるもので、正眼の構え人の構え水の構えとも呼ぶ。この構えからは、他の全ての構えにスムーズに移行する事ができる。      つまり、攻撃するにせよ防御するにせよ、この構えを基点とする事で戦闘中に発生する様々な状況の変化に対して咄嗟に対応できる。攻防共に隙が少ない事      から、現代では剣道の基本として教えられる構えである。

 

上段の構え

刀を頭上に振り上げる構えで、前にある足によって左上段右上段に分けられる。稀に片手上段や持ち手を逆にした(右手が柄頭、左手が鍔側)上段もあ      る。現在の剣道では中段の次に多く見られる構え方である。天の構え火の構えとも言う。格上の相手に対して構えると失礼にあたるとされる。

 

下段の構え

刀の剣先を水平より少し下げた構え方で、上段に対し防御の構えと言われるが、機敏に動けない為に攻撃には向かない。相手に対応する為、間合いを極端に      大きく取る事がある。近年は見る機会が少ないが、中段や上段の次に使われる構えである。地の構え土の構えとも言う。

 

八相の構え

刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構える、この構えを正面から見ると前腕が漢数字の八」の字に配置されていることから名付けられており、刀をただ手に持つ上で必要以上の余計な力をなるべく消耗しないように工夫されている。長時間に渡って真剣(場合によっては野戦用の大型な刀槍)を手に持ち続けなければならない状況の為に、自然発生したと思わしき構えである。八双の構えとも書き、陰の構え木の構えとも言う。上段が変形した構えと考えられており、立て物(飾り)があるを着用している際に刀を大きく振りかぶるのが難しい場合の構えである。

 

脇構え

右足を引き体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げた構え方。相手から見て自身の急所が集まる正中線を正面から外し、こちらの刀身の長さを正確に視認できないように構える。陽の構え金の構えとも言う。

 

剣術の源流・始祖は

 

京八流(きょうはちりゅう)は、「敏捷性を生かし、短い刀を用いて素早く敵の懐に入る剣術」平安時代末期に鬼一法眼が京都の鞍馬山で八人の僧侶に刀法を伝えたところを始祖として、源義経多くの剣術の源流となったとされる。念流 中条流佐々木小次郎 、京流武田信玄に仕えた軍師山本勘助、吉岡憲法直元が創始した吉岡流は宮本武蔵と争った吉岡清十郎、吉岡伝七郎が有名で、これらはみな京八流の末流という説がある。

 

居合(抜刀術)の始祖

     林崎 甚助1542年生まれ(1548年とも)。戦国時代の武術家。

     林崎甚助が開いた流派は神夢想林崎流、林崎流、林崎夢想流などと呼ばれるが、甚助自身が生前にこの流派名を名乗ったわけではないが、神夢想林崎流から分かれた流派(無双神伝流、無双直伝英信流など)の系譜で初代となっている。

 

練兵館 神道無念流。1826年(文政9年)、初代斎藤弥九郎が九段坂下の俎橋付近に開設。のちに九段坂上(現在の靖国神社境内)に移転。

 

士学館 鏡新明智流。(きようしんめいちりゅう〉1773年(安永2年)、桃井直由(初代 桃井春蔵)が日本橋南茅場町(現 中央区日本橋茅場町)に開設し、桃井直一(2代目 桃井春蔵)が南八丁堀大富町蜊河岸(現 中央区新富)に移転。

玄武館 北辰一刀流。1822年(文政5年)秋、千葉周作が日本橋品川町に開設。のちに神田於玉ヶ池に移転。

     
    伊庭秀業が開いた練武館(心形刀流)を加えて「四大道場」ということもある。

 

有名な流派 泉伊勢守秀綱の「神陰流」上泉伊勢守から柳生石舟斉へ伝承された新陰流の稽古のスタイルは、「本日教える事は、前日教えた技を破る技」という事を日々続けた。上泉伊勢守は柳生石舟斉にその後の新陰流の体法の基本となる「脱刀法」を編み出す事を頼み、石舟斉が完成させる事ができたので、皆伝免許と宗家を譲り柳生石舟斎の「柳生新陰流」となった。

その他にも

千葉周作

北辰一刀流

東郷重位

示現流

福井兵衛門嘉平

神道無念流

伊藤一刀斎

一刀流

桃井直由

鏡新明智流

塚原卜伝

卜伝流

宮本武蔵

二天一流

男谷精一郎

直心影流

佐々木小次郎

巌流

伊庭秀明

心形刀流

小野忠常

小野派一刀流

近藤内蔵之助

天然理心流

田宮重正

田宮流

真壁暗夜軒氏幹

霞流

どこも同じで同じ流派の中でも、既存の技術を破る方法を絶えず模索しています。でなければ生き残れない。他流を破る技の研究が必要です。

無外流の辻月丹は、「技術的なことはほぼ均衡。なので、勝敗を決するのは心持。」と考え、形などをあえて残さず心法の心得だけを後世に残しました。形を残さないということは、他の剣士に研究されないということです。一番進んだ考えの流派です。

 

刀身の名称 柄(つか)鞘(さや)の名称   

1.刀身  2.物打  3.鋩子ぼうし  4.茎尻なかごじり  5.茎なかご  6.目釘穴 

7.巾木はばき  8.刃文はもん  9.切刃  10.棟  11.平地  12.鎬しのぎ  13.切先

                                              

 

 

    

 
1.柄つか  2.鞘さや  3.頭かしら  4.目貫めぬき  5.目釘  6.縁ふち  7.鍔つば

8.鯉口こいくち  9.笄こうがい  10.小柄こずか  11.栗形  12.下緒さげお  13.こじり

   


身長に対する刀の長さ   


      

身長

刀の長さ

標準刀身

幅広刀身

130 135

20寸 〜 205

 

 

135 140

205分 〜 21

 

 

140 145

21寸 〜 215

 

 

145 150

215分 〜 22

 

 

150 155

22寸 〜 225

720 740

 

155 160

225分 〜23

730 750

840 860

160 165

23寸 〜 235

740 760

850 870

165 170

235分 〜 24

750 770

860 890

170 175

24寸 〜 245

750 770

900 940

175 180

245分 〜 25

 

920 950

180 185

25寸 〜 265

 

960   1000

185 190

27寸 〜 28

 

980 1010

                      

日本の剣術・居合の主流派

浅山一伝流 荒木流拳法 有地新影流

猪谷流 以心流 一刀正伝無刀流 一刀流 一刀流中西派 伊藤派一刀流 今枝流

雲弘流

円明流

大石神影流 太平真鏡流 小栗流 小野派一刀流

影山流 陰流 鹿島神流 片山心働流 片山伯耆流 加藤田神陰流 鐘捲流 貫心流 巌流

鏡心一刀流 鏡新明智流 鏡心流 京八流 気楽流

鞍馬楊心流

警視流

甲源一刀流 小示現流 古示現流 駒川改心流

直指流 (豊後府内藩)直心影流剣術 自鏡流 寺見流 示現流 将監鞍馬流 聖徳太子流 初実剣理方一流 諸賞流 新影幕屋流 新陰流 心形刀流 振気流 神道一心流 神道無念流 鹿島新當流 真貫流 真之真石川流

水鴎流 水府流剣術 素戔神流

雖井蛙流 関口新心流

中条流 直猶心流

津田一伝流 堤宝山流

鉄人実手流 天眞正自源流 天真正自顕流 天真正伝香取神道流 天心流 天道流 天然理心流 天流

東軍流 當田流 当理流 冨田流

二天一流 二天流 二刀鉄人流

念首座流 念流

疋田陰流 挽田流剣術 常陸流 飛太刀流

平常無敵流

方円流 法神流 法典流 北辰一刀流

 

 

 垂(ひたたれ)は、主に武家社会で用いられた男性用衣服、日本の装束の一つである。 直垂からは「大紋直垂」・「素襖直垂」・鎧下に着る「鎧直垂」・「肩衣」などが時代と共に生じていく。 「直垂」と称して「衣服」と「寝具」、2種類ある。「寝具」としての直垂衾平安時代後期、「直垂衾」・「宿直物」と呼ばれた寝具があり、熊野速玉大社の神宝には室町時代に奉納された「衾(ふすま)」(掛布団)が存在する。今の掻巻(かいまき)布団のようなものであったと 菊綴(きくとじ)とは、水干・水干袴や鎧直垂・鎧直垂袴などの縫い合わせ箇所に付けられた総(ふさ)飾り。通常の直垂は菊綴の飾り部分を総状にせず結び留めることから、「結び菊綴・菊綴結(きくとじむすび)」あるいは「もの字」と呼ぶがこれらも纏めて「菊綴」と呼ぶ場合が多い。


道場の掛け塾
  香取大明神 八幡大菩薩 鹿島大明神  八幡大菩薩が天照大神の場合もある。