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チョイ旅 日本三奇の一つ「天之逆矛」を見に行く!
ペットと家族旅行など
ふと旅がしたくなるときってありませんか?
でもなかなか行けないものなんですよね。
費用もかかるし何よりも自由な時間が取れないのが問題ですね。
私は年間の休みをお正月以外は決めていません。
働けるときには土日祝祭日関係なしに働き、その代わりに平日の安い日を利用して旅をしています。
ある時は同僚と、そしてある時は家族と行きますが、やはり3日以上の旅になると誰も付き合ってくれないので一人旅となります。

これからご紹介するのは、第3ステージ 沖縄1周
2008年3月11日〜13日
沖縄1周の家族旅に出かける。個人的には、家族奉仕おするためで、仕事的には、強風に強い建物や店の建て方、宿泊施設の料理等の研究。

装総行距離 292km
ラジオの格安ツアーがあり、母親の誕生祝にと思い申し込んだが、初日のホテルでは大学生のマナーが悪く眠れなかった。今どきの子供は躾や礼儀を知らない者が多いと思いました。
 私もこうだったのかな〜
この旅はラジオを聴いていて、こんちゃんの企画を利用して家族とともに行くことにしました。わりとのんびり伊丹空港を出発しました。


                         四国上空⇒
琉球建築の最高傑作といわれる首里城【しゅりじょう】。首里城は、三山時代(1400年前後)と呼ばれ3つの大きな勢力が争っていたものを平定・統一(1429)し、沖縄の英雄として語り継がれる尚巴志【しょうはし】王によって後に続く琉球王国の国王の居城とされた。
現在の首里城は、約450年にわたる琉球王国時代に3度消失、1925年に正殿は国宝とされたが沖縄戦(第二次世界大戦末期)で再度灰燼【かいじん】となり、アメリカからの日本本土復帰20年後の1992年に復元されたものである。
                                瑞泉門と奥に見える漏刻門    ここからが城郭内、歓会門    奉神門、この向うが御庭
大迫力の城郭である。                              守礼門のまわりは観光客でいっぱいです。 
国際通り(こくさいどおり)は、那覇市の県庁北口交差点(パレットくもじ前交差点)から安里三叉路にかけての約1.6kmの通りの名称である。戦後の焼け野原から目覚しい発展を遂げたこと、長さがほぼ1マイルであることから、「奇跡の1マイル」とも呼ばれる。沖縄県で最も賑やかな通りであり那覇最大の繁華街。




沖縄の駅
沖縄の長距離ドライブのなかで利用者が自由になおかつ無料で利用でき、トイレや休憩のために設けられた快適な空間で、個性的でおもしろい空間がある沖縄の駅では、沖縄の郷土料理が楽しめる『うちなー食堂』やドライブには欠かせない、コンビニの『ちゃんぷるー市場』、さらには『ちゃんぷるー劇場』では沖縄の芸能を無料にて楽しむことが出来ました。
陽気な指笛で踊る姿にみんなのカメラが集まっていました。
ハブセンター

3Dの映像でハブショーを上映しています。ちなみにハブは目が見えないために、敵の体温を察知して攻撃します。マングースは体温が低いのでハブにわかりにくいために勝利します。
大綱

水牛車の製糖工場はここならでわ。
旧島袋家の屋根に飾られたシーサーで、各家の屋根のシーサーは色も姿もさまざまなものが祀ってありました。
琉球三味線の演奏と唄を聴かせてくれたり、陶芸工房で小さなシーサーを作る職人さんを見学することも出来ました。
旧比嘉家 旧西石垣家 旧玉那覇家 神アシャギ
1日目の部屋とホテル内
沖縄はいつ来ても素敵なところで元気になれる所かもしれません。ここへ来ると時間がゆっくり流れているような気がして好きな土地の一つです。
 今回沖縄の旅では仕事にも関係することから、このリザンシーパークホテル谷茶ベイを拠点にすることにしました。素敵な結婚式場もあり、ここで挙式したら式に参列する人も楽しめるのでしょうね。
すぐ目の前が海で朝食をテラスでいただくとなんとも優雅なひと時になります。
2008年3月12日
中庭のイルミネーション 玄関前 フロントとロビー
海への出口から朝食後の散歩に出てみました。 室 内

広い玄関とゆったりと落ちついたロビーが広がっています。
旅に来て若者がはじける気持ちも理解できるのですが、深夜を過ぎても海で奇声をあげホテルマンに注意をされると、今度は部屋に戻り夜中の3時になっても大声で騒ぐ、他人のことを考えない行動に怒りを感じ、フロントに電話をしたがフロントも苦情処理で忙しく電話に出ることが出来ない状態になっていました。しかたなく、隣りの部屋をたずね若者をしっかってしまいました。せっかくの旅の思い出に水を差したくは無かったのですが、あまりのマナーの悪さに我慢が出来出来ませんでした。
 翌日、観光から帰ってくると、ホテルのご好意でロイヤルフロアーの広く見晴らしのいい部屋に変えていただいており、ようやくゆっくりと休むことが出来ました。かえって恐縮しました。
今度はレジャーでゆっくり利用させていただきます。
1726年にここを訪れた琉球王尚敬が「万人を座するに足る」と言ったのが「万座毛」の由来といわれています。
訪れた時には、台風の接近間じかともあり、嵐の前の静けさといった不気味な感じがしました。しかし、何といっても海は青く最高の景色ですね〜
青い海に映えて輝く燃えるような朱色の門構えは、首里城をモチーフにした店舗でその鮮やかな赤と甘い香りに誘われてつい立ち寄ってしまいました。1階がお土産物や紅いもタルトの工場ラインが併設されており、次々に製造されるお菓子づくりをガラス越しで見学することができます。工場からそのまま直売しているため、出来立ての紅いもタルトに出会えます。 2階では美ら海を見ながら沖縄料理を楽しめるレストランがありました。
園内は、フルーツゾーン・バードゾーン・チョウゾーンの3つのゾーンに分かれています。フルーツゾーンでは本土ではあまり見ることのない南国特有のフルーツがたくさん実っており、新鮮なトロピカルジュースが楽しめます。
バードゾーンでは、色鮮やかな亜熱帯地方のインコが出迎えてくれます。大きなくちばしで恐そうですが、とても人懐こくて可愛いです。
チョウゾーンでは、オオゴマダラが舞っています。羽を広げると約13cmもあるチョウの中でも大きなもので、さなぎは黄金色をしており、赤いものによってきます。
この場所は、海洋博覧会が行われたところで前回はその博覧会に来ました。その時に世界のランを展示したあった会場を水族館にしたようです。また、この水族館はよくTVでも紹介されており、ギネスブックに載る水槽というのをこの旅でどうしても見ておきたかったので、少々余分に時間を取りゆっくり見て回ることにしました。


アクアルーム





深さ 10m  幅 35m  奥行 27m



正面水槽の左側の模様、2回の奥がサメのコナーになっている。
海に出てみました。4月1日が海開きだそうです。あと半月か〜 沖縄ならでは!?
くらげに注意の標識は始めてみましたよ。

イルカを間近で観察できる。この大きさのイルカも珍しいでしょう。
花も綺麗だし、海も空も青く輝いています。こんな所で一月ほど休暇がとれたらと思うのは、贅沢ですね!(^_-)-☆
            2008年3月13日
  



 
今帰仁城跡(別名北山城)
2000年12月に今帰仁城跡を含む沖縄県内のグスク及び関連遺産群が世界遺産に登録されました。
今帰仁城は、いつだれによって築かれたかは不明で発掘調査では、13世紀頃には城造りを始めたことが分かっています。
「ひめゆり」の愛称で親しまれていた沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校。 1930年代から、長引く戦争により学園は次第に軍事化されていき、夢見る年頃のごく普通の明るい青春を戦時色に塗りかえた「戦争と教育」。その過程が展示されています。 1945年3月23日ついに米軍の沖縄上陸作戦開始。学園から240名が戦場へ動員されました。
この美しいリゾート地で忘れてはならない不幸な歴史!
間違った考え方を持った指導者により引起された、戦争という不幸な出来事で多くの血と涙が流されたことにより、現在の豊かさがあることを私達は決して忘れてはいけない。
2億年の時を経た巨大な奇岩巨石群!
金剛石林山とは、
.
沖縄本島最北端に位置し、2億年前(古生代)の石灰岩が雨水などで長い年月をかけて侵食されてできたカルスト地形の山々の事です。
.石灰岩の台地は、炭酸ガスを含んだ雨水に溶ける特徴があり、その為、他の地域と異なる特異な地形が多くあり、それらをカルスト地形と呼びます。
金剛石林山は熱帯カルストの最北端にあたり、パプアニューギニアやインドネシア等の亜熱帯地域でみられる熱帯カルスト地形が日本では沖縄だけで見る事が出来ます。
2億年前は、こんな感じ?
道幅3メートルと広い木のスロープでゆったりと一周し、奇岩巨石、ソテツ群落、ドリーネの湖などのポイントを見て周ることが出来るバリアフリーコースがあります。
またコースの途中に座れる休憩所も設けてありますので、ゆったり鑑賞出来ます。
園内に精気小屋・テラス等もあります。
「しきなえん」と読みます。識名園は琉球王家の別荘で、王族の保養や外交の接待の場として使われました。名園は沖縄県那覇市識名にあり識名の御殿(しちなぬうどぅん)とも、また首里の南にあることから南苑(なんえん)とも呼ばれ、造園は琉球の第二尚氏王朝、尚穆(在位・1752年 - 1795年)の時代に始まったと言われていますから、首里城や玉陵に比べると歴史が新しいことになります。造りはいわゆる庭園で、池の周りを歩いて景色を眺める「回遊式」になっています。建造物は「琉球式」と「中国式」が共存し、独特の雰囲気をかもしだしています。ここもまた第二次大戦で壊滅的に破壊されましたが、1975年から20年にわたる整備工事で今日の姿に再現されています。


この識名園は随所に中国風の香りを残していますが、琉球王家最大の別邸である「御殿(うどぅん)」は琉球独特の建物です。


御殿の反対側を見てみました。
この開放感! さすが王族の別邸です。 御殿は後ろ側です!
こういう建物の造りは時代劇で良く見かけます。屋根の赤瓦も古き良き沖縄を感じさせます


沖縄一周は島が多いので空から廻らないと終わりません。




この後ANAで帰りました。今度はまたゆっくり来たいです。
 
今回は時間があまりなく2泊3日の忙しい旅になってしまいました。しかし、家族もそれなりに喜んでいましたし、仕事上の面でも数多くの知識を得ることが出来ました。今後の店舗デザインや外構工事に役立てることが出来るでしょう。
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